アンダー・プレッシャー(試し読み)第一章/2

 茜は数ヶ月前に振った男の顔を思い出そうとしたが、うまくいかなかった。

 友達から紹介された同い歳の男は、最初こそ楽しかったが、付き合ううちに話す内容の八割は自分や身内の自慢話。あとの二割はどこで食事をしてベッドインするかと言う相談だった。隣で自分が、あくびをかみ殺していることにも気づかない相手の無関心さにも辟易し、四ヶ月できっぱりと切った。

 食べ終えた菓子の包みを足下の屑篭に落とすと、その一つが縁に当たって床に落ちた。やれやれ、と腰を折ってそれを拾って捨ててから、いそいそとスマホを手に取る。

 これを読んだらさっさと仕事片付けて帰ろう。今回は、当て馬の男がヒロインを巧みに口説く所からだった。ヒロインが逃げるのか、それとも籠絡されるのかずっと気になって仕方がなかったのだ。待ちに待った一週間の楽しみを今読まずにいつ読む。

 数分後、読み終わった茜は熱の篭った濃い溜め息を漏らした。

 結局ヒロインは男の甘く巧みな言葉に陥落したのだが、またそこからのベッドシーンがすごかった。読む間中、瞬きを 忘れ、呼吸も浅くなり、ただ指先だけがスクロールするのに忙しく動いていた。とくとくと、まだ動悸が激しい。体も軽く痺れている気がする。

「濃いわー。今回もめっちゃ濃かったわー」

 ツイッター画面に切り替え、後で友達、フォロワーに突っ込まれても逃げられる曖昧さで、本音を「呟いた」ところでやっと気持が鎮まる。仕事モードに頭を切り替え、スマホをデスク脇に置くとコピーするための原稿をプリントアウトした。横のプリンターからそれらを集めて立ち上がろうとした茜は、脚の付け根に不快感を覚えた。

 ――もしかして。

 座り直し、スカートのウェストの隙間からストッキングの中に手を滑らせる。下着の縁を搔い潜ってさらに進んだ指が恥毛に触れた。尻をやや前にずらして割れ目の間に指が入りやすくする。

 ――やっぱり……

 指を潤みの中で確かめるように数回動かし、引き抜いた。蛍光灯の下で、濡れた指先が光る。

 ――やだ。

 誰もいないが、羞恥で頬が火照った。しかし、同時に体の奥で何かが疼くのを感じた。たった今読んだ淫猥なストーリーが茜の理性を揺り動かしていた。

 茜はフロアを目だけで見渡す。静まり返ったオフィス。一人きり。さっきの大林の「上には誰もいない」と言う言葉が背中を押す。茜の喉がごくりと大きく鳴った。――鳴った気がした。

 この指が、あの当て馬男の指で……。ヒロインがベッドに組み伏せられるシーンを瞼に描きながら、手はスカートを腰の当たりまで引き上げていた。パンストと下着を一緒に下し、パンプスを脱いで片脚を抜いた。椅子に浅く腰掛け、そっと脚を開く。

――男は全裸にした女の脚を広げ、秘裂をそっと撫で上げた。

『ほら、たっぷり濡れて……ぼくのこと、君がこんなに思ってくれて嬉しいよ』

 ディスプレイで文字でしかなかった言葉は、いつの間にか茜の脳内で音声となって再生される。低く、艶のある声。

……っ、や……

 読んだばかりのストーリーはまだ記憶に鮮明だ。茜は襞を分け、そこから滲む蜜をすくいあげるように指を動かす。その指が、さっき目にした大林の指に変わっていた。

……っ、や……

 ヒロインのセリフが思わず口からこぼれた。

 それからはストーリー通りに、指は男の動きを正確に模倣し、めちゃくちゃに自分の中を掻き回した。充血した突起をくにくにと優しく扱き、もう片方の手でブラウスの上から胸を揉みしだいた。その手も、今や大林の手だった。固く尖った胸の尖端を指先で強くつまむと、その鋭い刺激にきゅっと収縮した中の柔肉が指に吸い付いた。

「んん」と切なげに鼻を鳴らして椅子の背に体を押し付け、肩をすくめた。脚の付け根の愛撫からじわりと湧き起こる甘美な波を全て受け止めるために、下腹部に力が入る。指の抽送によってちゅぷちゅぷと音の立つ場所では濡れた花弁が勝手にビクビクと戦慄いている。

『もっと……もっとぉ……

 ヒロインの声と、自分の声が耳の奥で重なった。足りない。埋めて欲しい。

 そのとき、ふと引き出しの中の同僚のプレゼントが頭によぎった。――……

 偶然もここまで絶妙だと神の啓示のような気もしなくはない。――ここで使うべきアイテム。使わなければ不幸が訪れるだろう。

 身体の熱が少しでも冷めるのを恐れるかのように、手早く一番下の引き出しから目的のものを取り出した。ラッピングを乱暴に開く。あ、バッテリー……。その懸念はスイッチを押すと、ぶーんという低い振動にかき消された。

 細い指に握られたパールピンクのそれを見ると、どくん、とひときわ大きく胸が高鳴る。

『ほら、入れて欲しいんだろう?』

 こくり、と茜は頷く。そして椅子にさらに浅く腰掛け、スカートを上げて脚を広げた。つぷりと先端を中に差し入れると、入り口の内壁がやんわりと抵抗する。馴染ませるように前後に小刻みに手首を動かしながら、奥へとそれを進めると、突然ふっと抵抗が無くなり、今度は吸い込まれるようにそれは中に潜った。

「ンあ……、すご、い……

 それはもはやヒロインの声では無かった。自然と自らの口から熱い吐息と一緒に溢れたのだった。

 水音に交じって、体内に潜った人工のペニスが下腹部で鈍く唸る。茜は浅く、深く探るように抽送を繰り返す。甘美な痺れが背中を何度も駆け抜ける。茜は既にブラウスの下に手を差し入れ、ブラを引き下げてカップからむき出しになった乳房を揉んでいた。固くしこった乳首を指先で引っ掻く。びくん、と背が反り返る。

「は、うっ……ぅふう」

 奥に宛てがったバイブの振動が子宮を心地よく痺れさせ、内壁の筋肉は戦慄いてその愛玩物をさらに奥に引き込もうと吸い付いた。体の芯がとろけはじめ、目の奥で愉悦がぐるぐると渦巻いていた。狂おしいほどの官能に呼吸は浅くなり、頂点にさらに近づきつつある全身の筋肉が緊張し始めた。

「あっ、だめっ、だめっ………、あ……あっ……

 相手の舌を求めるように唇を狂ったように舐め、ぷっくり膨らんだ乳首を強く摘まみ上げた。ぴんと伸びた脚のヒールに押され、椅子のキャスターが後ろにゆっくりと動いた。

「は……ぁ、イク、イク……いっちゃう………

 じんじんと痺れた腰の辺りから、待ち望んでいたものがぐっと迫り上がって来た。手の動きとともに腰が勝手に前後する。今や茜を穿ち続ける塊は大林の陽根になっていた。

「来て……来て……もっと………………

 おもちゃを引き抜くと「じゅぼっ」と淫らな水音がひときわ高くたつ。茜は間髪を容れず、振動しているそれをぷくりと充血し、濡れそぼった花芯に押し当てた。強烈な刺激が稲妻となって全身を貫く。

「あっ、あッ、ああぁああああ………

 細く、長い嬌声がフロアの空気を震わせた。

 弛緩した体をぐったりと椅子に沈み込ませたまま、茜はしばらく胸を波立たせていた。

「やばいわー、かなりやばいわー」

 声は掠れていた。会社でオナッてしまった。呼吸は落ち着いたものの、まだ朦朧とする頭の中でそれをはっきりと認識した。それでも、今まで得たことも無い激しいエクスタシーに、同時に満たされもしていた。

 茜は手にしていたラブグッズを複雑な気持で眺め、デスクのティッシュケースから何枚かティッシュを引き抜くと、体液を纏ったおもちゃを丁寧に拭き取った。のろのろと体を起こして乱れた制服をきちんと身に付け、重い四肢を動かしながら残った仕事をなんとか片付けた。更衣室で着替えて、乱れたセミロングの髪を整えた。

 さっきの自分を封印するように施錠し、オフィスを後にする。

 帰りの電車に揺られている間中、人の視線が全て自分に集まっているような心持ちだった。それはもちろん、今しがたの背徳行為と鞄の中のラブグッズのせいだ。

 ――あ、刺繍キットまた忘れた。

 茜がそれに気がついたのは、最寄り駅の改札を通ったときだった。

 * *

 第一会議室の 白いブラインドを、茜は人差し指の先でほんの少し下ろした。強い光に一瞬目を細めたが、すぐに慣れた目の先に都庁がぼんやりと見え る。

 等間隔に並んだミーティングテーブルの一つには社名入りの封筒と、会社概要のパンフレット、エントリーシートと枠だけになった宛名シールが重ねられている。徳用サイズのスティック糊は使い切った。これで、新卒予定者に送付する資料一式は郵便局に持って行くだけ。

 そして、もうすぐ二時。

『二時に第一会議室で。スマホ忘れるなよ』

 他に条件は、ガーターベルト着用だった。

 昨夜かかって来た電話の、低く、それでいて通る声は、茜の鼓膜を不気味にくすぐった。

『二時にアプリにログインして。アカウントとパスワードはメールで送ったやつだ。会議室の鍵はかけて。たぶん、誰も入ってこないと思うけど。一応』

 茜は制服のスカートのポケットから自分のものではないスマホを取り出した。電源を入れるとビデオ会話の出来るアプリ一つだけがディスプレイ上に張り付いている。自分のスマホにもある、見慣れた可愛らしいロゴなのに、どこか脅威を感じる。

 これをタップし、ログインすれば、繋がってしまう……。繋がったらどうなるのか。

 彼とどんな話をするというのだ。

 それでも、ログインしないわけにはいかない。時間ぴったりに画面をタップすると、数秒の間を置かずに手の中のそれが震えた。着信音はミュートにしてあるが、空気を震わせる鈍い音が大きく部屋に響いた。

「はい……

「ああ、ビデオ通話にして。使い方、わかる?」

「はい」

 茜は震える指でビデオカメラのマークを突いた。ディスプレイの端、小さなウィンドウに自分の強ばった顔が映った。しかし、指示した相手はビデオを起動していない。真っ暗な画面が語りかけてくる。

「じゃあさ、早速ブラウスのボタン外して下着見せてくれる?」

「は?」

 会議室に響いた自分の声に我に返った。慌てて声を落とす。

「なんですか?」

「鳥海さんの下着が見たいって言ったんだよ。時間無いから早くして」

「どうして私がそんなこと……

「質問はナシ。言われた通りにするっていっただろ。忘れたわけじゃないよね、鳥海さんの大事な物、オレが持ってるってこと」

 茜ははっと息をのむ。そして、スマホを手近のテーブルの上にそっと置くと、顔を上げて会議室の外へ注意を向けた。

 耳をそばだてて初めて、壁を隔てたオフィスから微かにくぐもった音が聞こえてくる。とにかく従うしかない。自分に言い聞かせながらベストを開き、ブラウスのボタンを上から三つ外した。再びスマホを手に取ると、ブラウスをくつろいだ胸元に近づけた。高鳴る鼓動が聞こえてしまうのではないかと思った。

「今日はラベンダーなんだ。いいね」

 顎の下で機械が喋る。肌が舐められたかのようにぞっと鳥肌が立った。

「ブラ、下にずらして」

 抵抗は無駄だ。レースのブラを引き下ろし、男の要求通りに左の乳房を披露した。ハーフカップに収められていた柔肉がふるりとこぼれ出る。重力にも負けず、その適度な膨らみは健気な張りがある。

 見たきゃ見ればいい。投げやりな気持で、でもスマホに震えが伝わらないようにしっかりと構えていた。

「立ってないね」

 彼は何を想像したのか。興奮して体が反応しているとでも思っているのか。茜は呆れつつ、肩すかしを食らっただろう相手を胸中であざ笑った。

「下着直していいよ」

 彼は小道具を使ったオフィスでの辱めが、期待したほど楽しい物ではないと悟ったのだろう。ほっとしながら制服を元通りにすると、スマホを耳に近づけた。「切りますよ」そう言おうとした茜を相手が先回りした。

「今度は椅子に座って。二つを向かい合わせにして、スマホ、自分の正面に立てかけて脚開いて。あ、体は窓の方ね。暗いと見づらいから」

 男の意図をうっすらと汲んだ茜はガジェットを出来るだけ口に寄せて抑えめに、だがきっぱりと言った。

「そんな、嫌です! もう、切りますから……

 図に乗るのもいい加減にしろ。喉元まで出かかったが、相手の畳み掛けた言葉がそれを押し戻した。

「いいよ。切っても。でも、そしたらどうなるかわかってるんだよね」

 怒りで目の奥が熱くなるのを感じた。それでも、その怒りは電話を切らせるまでには至らなかった。完敗だ。自分は男に立ち向かうための武器を一つも持っていない。沈黙を了解と取ったのか、彼は次の指示を出す。

「あの通りやってよ。一度やってるんだから、簡単だろ?」

 声に容赦は無かった。茜は諦め、ショーツを脱いで指示通りスマホの前で脚を開いた。――ヤッている振りをすればいい。直接触れているかなんて相手にわからないのだから。そう決めると、ほんの少しだが羞恥が薄れた。

「やっぱり手入れしてるの? 丸見えだけど……それとも、もともと薄いのか」

 やや距離の出来た相手の声は小さいが、それでも茜を辱めるには十分だった。茜は相手の存在を消すかのようにスマホから顔を背けた。それでも、頬に血が昇るのを感じた。

「始めてよ。見てるから……

 茜は和毛が覆う襞を人差し指と薬指で押さえ、中心を分けた。中指の先が粘膜の内側に触れると、驚いたことにそこは潤んでいた。それ以上性器に触れないように、それらしく空で指を動かす。そんな行為でも、奇妙に体の芯が疼き、それを解放する術を知っている指は震える襞の中に潜り込もうとする。会議室で、一台のスマホを前にそんな欲求と闘っている自分を、もう一人の自分が白けた目で見ている。

 しかし、馬鹿馬鹿しいと思うと同時に、機械の向こうの男に挑むように指を動かし続けていた。こんな茶番で興奮するなんて、簡単な男だ。思わず口元が綻びそうになり、奥歯を噛む。しかし、次の瞬間、その堪えた笑いが固まった。

「音が聞きたいんだけど」

 思わずスマホを正面から見据える。

「音って……

「鳥海さんが濡らしてる音だよ。ちょっとかき混ぜてみなよ」

 たぶん、スマホを睨んでいる自分の顔は憎悪を露にしているだろう。それでも、無機質な相手は平気な顔で受け止め、静かに佇んでいる。

 茜は瞼を閉じた。中指が潤みにそっと沈む。温かく指を包んだ体液の中で、関節を軽く前後に動かす。

「んっ……

 思わずぴくん、と肩がすくむ。 突起の上を指の腹が掠めただけなのに、身体の奥に伝わった痺れは、閉じていた愉悦の扉を開いた。

「そうそう、ちゃんとやらなきゃだめだよ」

――バレていた。

 身体がかっと熱くなる。

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投稿者:

takamiyakashio

官能表現含む恋愛小説を創作しています。 王道も好きですが、やや斜めから切り込んだストーリーに日々挑戦中です。 「久保ちはろ」名義でも書くことがあります。