アンダー・プレッシャー(試し読み)第一章/3

「まだ聞こえないんだけど」

 とぷり、とさらに指を深く差し入れた。下腹が緊張し、押さえた襞がひくひくっと戦慄く。ちゅぷ……っくちゅ、くちゅ……茜は音を際立たせるように大胆に泉をかき混ぜた。

――こんなこと、早く終わらせたい。

 そう思い、水音を立てるためだけに指を動かしていたはずなのに、自然とそれは溜まった蜜の中で柔らかな粘膜をも擦り上げていた。大きく撹拌し、前後の抽送を繰り返す。その度に、会議室に響く淫らな音は、茜の情欲を次第に昂らせていった。

「鳥海さんが一番好きな所にまだ触ってないよね? そこも触ってあげないと」

その言葉を待っていたのかもしれない。茜は「指示通り」迷い無く、すでに熟れ、勃()ち上がっていた小さな突起を宥めるように愛撫した。蜜で濡れた指の滑らかな動きは、確実に茜を高みに導く。小さな電流が断続的に背筋を駆け上り、耐えるように内腿の筋肉が強ばった。

っ、ふ…………

 微かな、それでも甘い吐息が洩れた。

「もしかして、オレが欲しくなった?」

「っ……欲しくないです。もう、やめてください……

 そう言いながらも、皮が剥けるほど充血した蕾への愛撫は止まらない。もうすぐ……、もうすぐなのに。水を差した声に恨みを覚えた。

「地下のトイレに来いよ」

「勝手に、外に出られません……

「何でもいいから用事作って来い。今すぐ」

 呆気なく通話は切れた。

 いきなり放り出されたように、そのままの姿勢で呆然としていた茜だが、慌てて身体を起こすと制服を整え、ハンカチで指を拭った。スマホを取り、暗くなった画面をタップすると、自分だけログイン状態のアプリ画面が現れた。ログアウトし、ディスプレイがスリープになってもそれを見ていた。

 このまま命令を無視しようか。

 いや、そんなことをしたらあれが社内にバラまかれる。彼なら眉一つ動かさずにやってのけてしまうだろう。そしてあたしは……会社を辞めざるを得なくなる。それどころか、栄子や同僚になんて思われるだろう。それだけじゃない。会ったことも無い事業所の社員たちにも、それは格好のネタとなり、しばらくは語られるのだ。

 茜は急いで封筒の束を紙袋に突っ込み、机上の物を腕に抱えて自分のデスクに戻ると、挑むような勢いで正面の香川に口早に言った。

「香川さん、私、郵便局に行って来ます。これ、出して来ちゃいますね」

 ラップトップからビックリしたように顔を上げた香川は、茜の切迫した表情にただ目を丸くしながら「よろしくね……」と二度三度頷いた。

 中地下一階の踊り場にあるトイレは地下一階のセキュリティ室の守衛が使うくらいで、ほとんど利用する人はいない。手洗い場と個室が一つだけあり、そのトイレ自体もレバーを押し下げて洗浄する旧式で、ウォシュレットという最低限の機能すらない代物だ。

 それでも頼りない蛍光灯の下では、手洗い場、灰色の床もピンクベージュのタイルの壁も掃除が行き届いて光っていた。

 一歩中に入り、封筒の入った紙袋を正面に持ったまま茜は立ち尽くしていた。

 やがてドアの向こうから、階段を下りる固い靴音が聞こえて来た。両手で掴んだ紙袋の持ち手に力がこもる。

 小さな磨りガラスが埋まった水色のドアが開き、さっきまで電話していた相手が現れた。

――上尾雅哉(かみお まさや)

 薄いブルーのタイトなシャツに紺のネクタイ。スーツのジャケットは着ていず、スラックスはライトブラウンにピンストライプ。彼が入って来、温い空気にグリーンノートの香りが混ざる。

 もともと狭い空間に、背の高い男がいるとそれだけで圧力を感じた。

 茜を一瞥した上尾の、そこにただ壁を見ていると思わせるような無表情さは相変わらずだ。そして、彼はごく自然な様子で後ろ手に鍵を閉める。かちん、と固い音が耳を打ち、茜は思わず小さく肩をすくめた。

「おいで」

 抵抗も怯みもせずに素直に個室に入って行ったのは、電話の時と打って変わってその声が穏やかだったからだ。上尾は茜の手から紙袋を取り、隅に置いた。

「座って」

 茜をトイレの蓋の上に座らせると、当然のような手つきでベルトを外す。茜は思わず視線を床に落した。それでも上目でちらと伺うと、スラックスと下着をずらした彼は、すでに勢い良く反り返ったペニスを握っていた。見せつけるように左右に軽く振る。

「わかるだろ? 咥えろよ。こうなったのは鳥海さんのせいなんだから。落ち着かせてくれよ」

 ――何を言ってるのかこの男は。好きであんなことをしたんじゃない。

「い……、嫌です!」

  茜は顔を上げて相手を睨みつけると、きつく口を結んだ。自分の指導をしていた頃、彼は年下の自分にさえ敬語を使っていたのに。こんな威圧的な物言いをする上尾は知らない。知らない男だ。――怖い。

 男はその顔に張りつめた尖端を突きつけるようにさらに腰を繰り出す。もう一方の手で茜の後頭を引き寄せ、その口元に押し付ける。熱を持つ、その赤黒く張りつめた丸みが唇の端に当たっても、茜は顔を背けて頑に拒否を表した。形の良いつるりとした尖端の 亀裂はすでにねとついていた。

「強情だな」

 冷ややかな声が落ちると同時に、いきなり茜の小さな鼻がつままれた。

!!

 鼻をつまんでいる手を両手で掴むと、上尾はぴしゃりと言った。

「誰がオナニー画像持ってるのか忘れるなよ」

  茜は上尾の手首に手を掛けたまま、再び相手の顔を目だけで睨んだ。その薄い唇は愉悦の予感に弧を描いていた。こんな状況で信じられないが、そんな上尾はやはり端麗な男だった。

 そうしている間にも、息が出来ずに苦しさが募る。思わず口を開けた瞬間、「いい子だ」、そう囁いた上尾が茜の頭を強く押さえつけ、猛り を捻り込んだ。吸い込んだ空気とともに、雄の生々しい匂いが鼻腔を付いた。

「ンン……っ!!」

「噛むなよ……、そう、もっと舌擦り付けて」

 喉の奥で苦味が粘膜に刷り込まれるのに涙しながらも、諦めた茜は上尾のペニスを頬張った。好きか嫌いか別にして、フェラチオの経験がないことは、無い。

 固い幹の根元も指で作った輪で締め付け、小刻みに扱くと、上尾は「っ、は……ぁ」と溜息を漏らした。

 刹那、茜の胸に優越感が湧いた。――可愛い。自分の口の中で戦慄く熱の塊が、可愛い。自分の舌の動きに敏感に反応し、震え、脈打ち、太さを増す。この子に罪は無い。たとえ上尾がとんだ食わせ物であっても、この子は私のなすがままだ。

 溜めた唾液を口内の陰茎にたっぷり舌で絡め、顔を前後に動かしては強く吸引する。じゅぶじゅぶとわざと音を立てながら、茜は指と舌で上尾を嬲る。キスをするようにすぼませた唇に鬼頭を含み、ちゅぷちゅぷと軽く、カリ首のくびれで強く吸う。鈴口に舌を割り込ませるようにして、滲み出る苦い分泌液を舐めとった。

「はっ……っう……

 喉の奥で呻き、上尾の両手は茜の髪を無秩序に弄る。

「どこで……、見てたんですか……?」

 頬をすぼめた口の中で男のものが往復していても、ちらりと頭の隅をよぎった疑問を口にせずにはいられない。一瞬、咥えていた物を解放すると、目元を染めた上尾が潤んだ目で視線を流した。その淫妖な表情に茜の鼓動が跳ねる。じん、と両の乳首が痺れた。

「屋上……

 その艶かしい低い男の声に、速くなる鼓動を誤摩化すように、茜は再びペニスを咥えた。睾丸も優しく揉み、転がしながら口内の粘膜で男を擦り、しゃぶり続けた。ビク、ビクっと膨れ上がった竿が口の中で躍動を繰り返す。ちらりと上目で見ると、瞼を閉じ、切なげに眉を寄せた上尾の俯いた顔があった。呼吸は荒く、早い。茜は男が「近い」のを悟った。根元を扱く手首の動きを、さらに速めた。

……っ、あ………でる…………

 男の言葉と、熱は同時に吐き出された。ぐっと強く頭を押さえ込まれ、茜は喉に打ち寄せた上尾の体液を受け止めきれずに、強く咽せた。それでも、震えながら後から追い打ちをかける精液を口内で受け止めた。

 額に手が置かれ、突き放すように軽く力が入った。咥えていたものがにゅるりと抜けた口元にトイレットペーパーが押し付けられる。

「出しなよ」

 顔を上気させた上尾に溜め息まじりに言われ、茜は俯きながら濡れた唇を拭うと、お仕着せに置いてある風情のサニタリーボックスにそれを捨てた。すると、コンドームの袋が差し出される。彼の口角に意味深な笑みが刻まれていた。

「これ、付けて。口でくわえて……今やってたのと同じ要領だけど。まず指で下ろしながら咥えていくだけ。できる?」

 出来るかはわからなかったが、朦朧としたまま茜は頷き、袋を破いた。コンドームで尖端を包み、口に咥える。一度精を吐き出しても、やや勢いを失っただけで、依然固さを保つペニスに手を添える。ラテックスを伸ばして行く指を追いながら、唇で優しく吸引する。根元まで包んだ時には、それは十分に猛りを取り戻していた。

「なかなか器用だな。じゃ、立って」

 上尾は茜の身体を壁に強く押し付け向かい合うと、唇をぴたりと重ねてキスをする。上尾の舌は、たった今吐き出した自分の物を全て舐めとるかのように、唇から口内のあらゆる所を這い回った。その間にも手は忙しくブラウスを開き、ブラをたくし上げる。両手で乳房を強く捏ねられ、きゅっと乳首を捻られると、身体を貫いた強い刺激に、茜は目をつぶっていても目眩を感じた。思わず上尾の肩に縋る。

「ん……ぁ」

 深くなるキスの合間に、思わず洩れた媚びるような鼻声に茜は一瞬我に返った。――感じてる。無理矢理されて、感じてる……

 男に応えるように絡めていた舌の動きを止める。上尾はそんな茜を無理に追うようなことはせず、今度は唇を繰り返し食んでは啄むようなキスをした。

 上尾がやっと乳房への愛撫とキスを止め、やや身体を引いた。ふと、湿った熱を蓄えた脚の間を微風が通り抜けて行ったかと思うと、すでにスカートが引き上げられていた。片膝の裏を抱え上げられた刹那、ずらされたショーツの際からさっきまで口に入っていたものが侵入して来た。抵抗する間もなく、それはずぶずぶと茜の身体を埋めて行く。口で感じたよりもずっと猛々しい性器の圧迫感に、茜の息が詰まった。

「っふ……っん……

 我慢しようとしても、愉悦に押し上げられた声が喉の奥から洩れてしまう。恥ずかしさから頬を染め、目を伏せて唇を噛む。

「綺麗な色だ」

 胸元に顔を寄せた上尾の息が立ち上がった乳首にかかったと思うと、それは暖かく濡れた舌で転がされた。

「っ……はぁん……

 片手で、緩急を付けて丹念に乳房を揉みしだかれ、ざらついた舌で唾液を乳房に塗り広げられては乳首を吸われる。その度にじんじんと身体の芯が疼く。茜はねだるように身をよじりながら、無意識に男の頭を抱いていた。

「会議室から……咥えたまま、濡らしてたんだ?」

 最初に痛恨の一撃を奥に与えただけで、あとは膣口辺りでリズミカルに上下を繰り返す上尾の動きにもどかしさを感じ、茜は腰を揺らし始めた。捩れたショーツが尻の谷間に深く食い込む。

「入れて欲しい?」

 うなじをねっとりと舐め上げ、耳たぶに歯を立てて上尾は囁く。首の、耳の付け根を強く吸われると、淡い快感に茜の膝から力が抜ける。

 茜は微かに頷いた。

「入れて、って言いな。奥に入れて、って」

 挑発を滲ませて上尾は言い、性器同士を馴染ませるように浅い部分で小刻みに腰を使う。茜を擦るたび、泉から溢れた蜜がペニスを濡らしてちゅぷちゅぷと小さな音が立つ。

 ――気持ちいい……

 茜も上尾の首に腕を回し、情交の香りに混濁したグリーンノートのフレグランスを胸いっぱいに吸い込んだ。思えばセックスをするのは数ヶ月ぶりだった。ここまで追いつめられて、一秒だって我慢など出来ない。

「入れて……奥ま、で……

 ゆっくりと、確実に熱の塊が侵入する。内壁から熱が快楽に形を変えて身体中に広がっていく。浮遊感が体を襲う。腰の感覚があやふやになり、そこから蕩けていくようだ。

「はぁあああ……

 茜の口から長い溜め息が洩れた。久々の感触と熱に、嬉々として吸い付くように屹立を包み込んだ粘膜は、奥まで一杯に埋まった雄の形をはっきりと捕らえる。彼は深々と奥に突き立てたまま 動きを止め、茜の体を強く抱くと首に唇を這わせて上下させた。熱い吐息が首筋と髪の間に篭る。

 ぶるり、と震えたのはどちらだろう。微動だにしないのに、繋がった部分から確実に快楽が響き渡る。これが動いたらどうなってしまうのか。怖い気もしたし、それでも今すぐに確かめたくもあった。

「すごい……。中、ぎちぎちなんだけど。ビクビクしてるし」

 茜は何も言えずに上尾の首元で頭を振った。そんな茜の腰を上尾はさらにぐいっと抱き寄せる。中が切なくきゅんと締まるのを自覚した。

「鳥海さん、実はエロいんだね。すごく」

 さっきのフェラチオのお返しとでも言うように、上尾は耳たぶをそっと食み、しゃぶる。後頭の髪を柔らかく握り、上を向かせて何度も唇をついばんだ。上唇を軽く噛み、舌を差し入れて優しく絡みつかせる。頭を支えている大きな手が、髪の中で泳いでうなじをそっと撫で上げる。さっきまで辱められ、乱暴に煽られた興奮が、じんわりと蕩け、甘く身体中に染み込んでいく。

 さっきまでの、上尾の茜に対する仕打ちは明らかに陵辱のはずなのに、今ではまるで恋人に与えられるような優しい愛撫だ。うなじを撫で続ける手つきにうっとりとしながら、茜も相手の蠢く舌を追い、吸っていた。そして上尾はそっと離した唇の上で甘く囁く。

「キスだけでも、締まってる。わかる?」

 雄を咥え込み、さらに搾り取ろうときゅんきゅんと疼く内部の変化に気づかないわけが無い。しかし、茜はこんなにも淫らに相手を求める自分に戸惑っていた。上尾にしがみつく腕に力を入れ、胸に額を押し付けた。

「動いていいよ。鳥海さんが気持いいように」

 そういわれて試したものの、片脚で立ったまま、上尾に体を支えられた体勢では思うように動けなかった。擦り上げるように何度か腰を上下させるが、茜の求める刺激には追いつかない。その不器用な動きに苛立ちさえ覚える。

 ――もっと、もっと欲しいのに。

「うまくいかないみたいだな。オレがしてもいい?」

 間近で茜の瞳を覗き込んだ上尾の眼差しは切なげに見えた。それは視界が欲望でけぶっていたからだろうか? 問われた茜はこくこくと首を縦に振った。

「素直だな」

 上尾は満足げに含み笑いをすると、より高く片膝を抱え上げた。そして密着していた腰を引き、間髪を入れずに激しく茜を貫いた。

「あんっ……っんんぅ!」

 身体が突き上げられた瞬間、艶めいた声が溢れた。

「声もエロい……

 上尾が耳もとで囁く声は掠れていた。

「そん、な……っ」

 否定の言葉は、上尾の叩き込んだ強い一打に打ち砕かれた。熱く漲った上尾自身が容赦なく茜を責め立てる。擦れ合う、濡れた性器の立てる粘りのある音に聴覚も犯され、羞恥と、今まで味わったことの無い強い快感に茜はあっという間に追いつめられていく。既に脚には身体を支えるほどの力はなく、穿たれるまま上尾の背に必死にしがみついた。シャツの下の筋肉の動きを、茜の掌が追う。

「っ…………っあ、あ……あ、あ……!」

 高くなる嬌声を塞ぐためか、上尾は茜の唇をキスで塞いだ。彼が暴れる茜の舌を嬌声ごと吸うと、閉じた瞼の裏で光がスパークした。

 ぐしょぐしょに濡れたショーツが張り付いて、気持が悪い。パンストの替えはロッカーにあるが、さすがに下着の替えは無い。生理用のナプキンがあった。あれを使おう。

 茜がスカートを整え終わるのを見下ろしていた上尾は、乱れた髪を軽く手櫛で後ろに流してから、ドアを開けて言った。

「けっこう、時間食ったな。郵便局は混んでた、って言えばいいよ」

 指図されなくても、そうするつもりだった。

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アンダー・プレッシャー(試し読み)第一章/2

 茜は数ヶ月前に振った男の顔を思い出そうとしたが、うまくいかなかった。

 友達から紹介された同い歳の男は、最初こそ楽しかったが、付き合ううちに話す内容の八割は自分や身内の自慢話。あとの二割はどこで食事をしてベッドインするかと言う相談だった。隣で自分が、あくびをかみ殺していることにも気づかない相手の無関心さにも辟易し、四ヶ月できっぱりと切った。

 食べ終えた菓子の包みを足下の屑篭に落とすと、その一つが縁に当たって床に落ちた。やれやれ、と腰を折ってそれを拾って捨ててから、いそいそとスマホを手に取る。

 これを読んだらさっさと仕事片付けて帰ろう。今回は、当て馬の男がヒロインを巧みに口説く所からだった。ヒロインが逃げるのか、それとも籠絡されるのかずっと気になって仕方がなかったのだ。待ちに待った一週間の楽しみを今読まずにいつ読む。

 数分後、読み終わった茜は熱の篭った濃い溜め息を漏らした。

 結局ヒロインは男の甘く巧みな言葉に陥落したのだが、またそこからのベッドシーンがすごかった。読む間中、瞬きを 忘れ、呼吸も浅くなり、ただ指先だけがスクロールするのに忙しく動いていた。とくとくと、まだ動悸が激しい。体も軽く痺れている気がする。

「濃いわー。今回もめっちゃ濃かったわー」

 ツイッター画面に切り替え、後で友達、フォロワーに突っ込まれても逃げられる曖昧さで、本音を「呟いた」ところでやっと気持が鎮まる。仕事モードに頭を切り替え、スマホをデスク脇に置くとコピーするための原稿をプリントアウトした。横のプリンターからそれらを集めて立ち上がろうとした茜は、脚の付け根に不快感を覚えた。

 ――もしかして。

 座り直し、スカートのウェストの隙間からストッキングの中に手を滑らせる。下着の縁を搔い潜ってさらに進んだ指が恥毛に触れた。尻をやや前にずらして割れ目の間に指が入りやすくする。

 ――やっぱり……

 指を潤みの中で確かめるように数回動かし、引き抜いた。蛍光灯の下で、濡れた指先が光る。

 ――やだ。

 誰もいないが、羞恥で頬が火照った。しかし、同時に体の奥で何かが疼くのを感じた。たった今読んだ淫猥なストーリーが茜の理性を揺り動かしていた。

 茜はフロアを目だけで見渡す。静まり返ったオフィス。一人きり。さっきの大林の「上には誰もいない」と言う言葉が背中を押す。茜の喉がごくりと大きく鳴った。――鳴った気がした。

 この指が、あの当て馬男の指で……。ヒロインがベッドに組み伏せられるシーンを瞼に描きながら、手はスカートを腰の当たりまで引き上げていた。パンストと下着を一緒に下し、パンプスを脱いで片脚を抜いた。椅子に浅く腰掛け、そっと脚を開く。

――男は全裸にした女の脚を広げ、秘裂をそっと撫で上げた。

『ほら、たっぷり濡れて……ぼくのこと、君がこんなに思ってくれて嬉しいよ』

 ディスプレイで文字でしかなかった言葉は、いつの間にか茜の脳内で音声となって再生される。低く、艶のある声。

……っ、や……

 読んだばかりのストーリーはまだ記憶に鮮明だ。茜は襞を分け、そこから滲む蜜をすくいあげるように指を動かす。その指が、さっき目にした大林の指に変わっていた。

……っ、や……

 ヒロインのセリフが思わず口からこぼれた。

 それからはストーリー通りに、指は男の動きを正確に模倣し、めちゃくちゃに自分の中を掻き回した。充血した突起をくにくにと優しく扱き、もう片方の手でブラウスの上から胸を揉みしだいた。その手も、今や大林の手だった。固く尖った胸の尖端を指先で強くつまむと、その鋭い刺激にきゅっと収縮した中の柔肉が指に吸い付いた。

「んん」と切なげに鼻を鳴らして椅子の背に体を押し付け、肩をすくめた。脚の付け根の愛撫からじわりと湧き起こる甘美な波を全て受け止めるために、下腹部に力が入る。指の抽送によってちゅぷちゅぷと音の立つ場所では濡れた花弁が勝手にビクビクと戦慄いている。

『もっと……もっとぉ……

 ヒロインの声と、自分の声が耳の奥で重なった。足りない。埋めて欲しい。

 そのとき、ふと引き出しの中の同僚のプレゼントが頭によぎった。――……

 偶然もここまで絶妙だと神の啓示のような気もしなくはない。――ここで使うべきアイテム。使わなければ不幸が訪れるだろう。

 身体の熱が少しでも冷めるのを恐れるかのように、手早く一番下の引き出しから目的のものを取り出した。ラッピングを乱暴に開く。あ、バッテリー……。その懸念はスイッチを押すと、ぶーんという低い振動にかき消された。

 細い指に握られたパールピンクのそれを見ると、どくん、とひときわ大きく胸が高鳴る。

『ほら、入れて欲しいんだろう?』

 こくり、と茜は頷く。そして椅子にさらに浅く腰掛け、スカートを上げて脚を広げた。つぷりと先端を中に差し入れると、入り口の内壁がやんわりと抵抗する。馴染ませるように前後に小刻みに手首を動かしながら、奥へとそれを進めると、突然ふっと抵抗が無くなり、今度は吸い込まれるようにそれは中に潜った。

「ンあ……、すご、い……

 それはもはやヒロインの声では無かった。自然と自らの口から熱い吐息と一緒に溢れたのだった。

 水音に交じって、体内に潜った人工のペニスが下腹部で鈍く唸る。茜は浅く、深く探るように抽送を繰り返す。甘美な痺れが背中を何度も駆け抜ける。茜は既にブラウスの下に手を差し入れ、ブラを引き下げてカップからむき出しになった乳房を揉んでいた。固くしこった乳首を指先で引っ掻く。びくん、と背が反り返る。

「は、うっ……ぅふう」

 奥に宛てがったバイブの振動が子宮を心地よく痺れさせ、内壁の筋肉は戦慄いてその愛玩物をさらに奥に引き込もうと吸い付いた。体の芯がとろけはじめ、目の奥で愉悦がぐるぐると渦巻いていた。狂おしいほどの官能に呼吸は浅くなり、頂点にさらに近づきつつある全身の筋肉が緊張し始めた。

「あっ、だめっ、だめっ………、あ……あっ……

 相手の舌を求めるように唇を狂ったように舐め、ぷっくり膨らんだ乳首を強く摘まみ上げた。ぴんと伸びた脚のヒールに押され、椅子のキャスターが後ろにゆっくりと動いた。

「は……ぁ、イク、イク……いっちゃう………

 じんじんと痺れた腰の辺りから、待ち望んでいたものがぐっと迫り上がって来た。手の動きとともに腰が勝手に前後する。今や茜を穿ち続ける塊は大林の陽根になっていた。

「来て……来て……もっと………………

 おもちゃを引き抜くと「じゅぼっ」と淫らな水音がひときわ高くたつ。茜は間髪を容れず、振動しているそれをぷくりと充血し、濡れそぼった花芯に押し当てた。強烈な刺激が稲妻となって全身を貫く。

「あっ、あッ、ああぁああああ………

 細く、長い嬌声がフロアの空気を震わせた。

 弛緩した体をぐったりと椅子に沈み込ませたまま、茜はしばらく胸を波立たせていた。

「やばいわー、かなりやばいわー」

 声は掠れていた。会社でオナッてしまった。呼吸は落ち着いたものの、まだ朦朧とする頭の中でそれをはっきりと認識した。それでも、今まで得たことも無い激しいエクスタシーに、同時に満たされもしていた。

 茜は手にしていたラブグッズを複雑な気持で眺め、デスクのティッシュケースから何枚かティッシュを引き抜くと、体液を纏ったおもちゃを丁寧に拭き取った。のろのろと体を起こして乱れた制服をきちんと身に付け、重い四肢を動かしながら残った仕事をなんとか片付けた。更衣室で着替えて、乱れたセミロングの髪を整えた。

 さっきの自分を封印するように施錠し、オフィスを後にする。

 帰りの電車に揺られている間中、人の視線が全て自分に集まっているような心持ちだった。それはもちろん、今しがたの背徳行為と鞄の中のラブグッズのせいだ。

 ――あ、刺繍キットまた忘れた。

 茜がそれに気がついたのは、最寄り駅の改札を通ったときだった。

 * *

 第一会議室の 白いブラインドを、茜は人差し指の先でほんの少し下ろした。強い光に一瞬目を細めたが、すぐに慣れた目の先に都庁がぼんやりと見え る。

 等間隔に並んだミーティングテーブルの一つには社名入りの封筒と、会社概要のパンフレット、エントリーシートと枠だけになった宛名シールが重ねられている。徳用サイズのスティック糊は使い切った。これで、新卒予定者に送付する資料一式は郵便局に持って行くだけ。

 そして、もうすぐ二時。

『二時に第一会議室で。スマホ忘れるなよ』

 他に条件は、ガーターベルト着用だった。

 昨夜かかって来た電話の、低く、それでいて通る声は、茜の鼓膜を不気味にくすぐった。

『二時にアプリにログインして。アカウントとパスワードはメールで送ったやつだ。会議室の鍵はかけて。たぶん、誰も入ってこないと思うけど。一応』

 茜は制服のスカートのポケットから自分のものではないスマホを取り出した。電源を入れるとビデオ会話の出来るアプリ一つだけがディスプレイ上に張り付いている。自分のスマホにもある、見慣れた可愛らしいロゴなのに、どこか脅威を感じる。

 これをタップし、ログインすれば、繋がってしまう……。繋がったらどうなるのか。

 彼とどんな話をするというのだ。

 それでも、ログインしないわけにはいかない。時間ぴったりに画面をタップすると、数秒の間を置かずに手の中のそれが震えた。着信音はミュートにしてあるが、空気を震わせる鈍い音が大きく部屋に響いた。

「はい……

「ああ、ビデオ通話にして。使い方、わかる?」

「はい」

 茜は震える指でビデオカメラのマークを突いた。ディスプレイの端、小さなウィンドウに自分の強ばった顔が映った。しかし、指示した相手はビデオを起動していない。真っ暗な画面が語りかけてくる。

「じゃあさ、早速ブラウスのボタン外して下着見せてくれる?」

「は?」

 会議室に響いた自分の声に我に返った。慌てて声を落とす。

「なんですか?」

「鳥海さんの下着が見たいって言ったんだよ。時間無いから早くして」

「どうして私がそんなこと……

「質問はナシ。言われた通りにするっていっただろ。忘れたわけじゃないよね、鳥海さんの大事な物、オレが持ってるってこと」

 茜ははっと息をのむ。そして、スマホを手近のテーブルの上にそっと置くと、顔を上げて会議室の外へ注意を向けた。

 耳をそばだてて初めて、壁を隔てたオフィスから微かにくぐもった音が聞こえてくる。とにかく従うしかない。自分に言い聞かせながらベストを開き、ブラウスのボタンを上から三つ外した。再びスマホを手に取ると、ブラウスをくつろいだ胸元に近づけた。高鳴る鼓動が聞こえてしまうのではないかと思った。

「今日はラベンダーなんだ。いいね」

 顎の下で機械が喋る。肌が舐められたかのようにぞっと鳥肌が立った。

「ブラ、下にずらして」

 抵抗は無駄だ。レースのブラを引き下ろし、男の要求通りに左の乳房を披露した。ハーフカップに収められていた柔肉がふるりとこぼれ出る。重力にも負けず、その適度な膨らみは健気な張りがある。

 見たきゃ見ればいい。投げやりな気持で、でもスマホに震えが伝わらないようにしっかりと構えていた。

「立ってないね」

 彼は何を想像したのか。興奮して体が反応しているとでも思っているのか。茜は呆れつつ、肩すかしを食らっただろう相手を胸中であざ笑った。

「下着直していいよ」

 彼は小道具を使ったオフィスでの辱めが、期待したほど楽しい物ではないと悟ったのだろう。ほっとしながら制服を元通りにすると、スマホを耳に近づけた。「切りますよ」そう言おうとした茜を相手が先回りした。

「今度は椅子に座って。二つを向かい合わせにして、スマホ、自分の正面に立てかけて脚開いて。あ、体は窓の方ね。暗いと見づらいから」

 男の意図をうっすらと汲んだ茜はガジェットを出来るだけ口に寄せて抑えめに、だがきっぱりと言った。

「そんな、嫌です! もう、切りますから……

 図に乗るのもいい加減にしろ。喉元まで出かかったが、相手の畳み掛けた言葉がそれを押し戻した。

「いいよ。切っても。でも、そしたらどうなるかわかってるんだよね」

 怒りで目の奥が熱くなるのを感じた。それでも、その怒りは電話を切らせるまでには至らなかった。完敗だ。自分は男に立ち向かうための武器を一つも持っていない。沈黙を了解と取ったのか、彼は次の指示を出す。

「あの通りやってよ。一度やってるんだから、簡単だろ?」

 声に容赦は無かった。茜は諦め、ショーツを脱いで指示通りスマホの前で脚を開いた。――ヤッている振りをすればいい。直接触れているかなんて相手にわからないのだから。そう決めると、ほんの少しだが羞恥が薄れた。

「やっぱり手入れしてるの? 丸見えだけど……それとも、もともと薄いのか」

 やや距離の出来た相手の声は小さいが、それでも茜を辱めるには十分だった。茜は相手の存在を消すかのようにスマホから顔を背けた。それでも、頬に血が昇るのを感じた。

「始めてよ。見てるから……

 茜は和毛が覆う襞を人差し指と薬指で押さえ、中心を分けた。中指の先が粘膜の内側に触れると、驚いたことにそこは潤んでいた。それ以上性器に触れないように、それらしく空で指を動かす。そんな行為でも、奇妙に体の芯が疼き、それを解放する術を知っている指は震える襞の中に潜り込もうとする。会議室で、一台のスマホを前にそんな欲求と闘っている自分を、もう一人の自分が白けた目で見ている。

 しかし、馬鹿馬鹿しいと思うと同時に、機械の向こうの男に挑むように指を動かし続けていた。こんな茶番で興奮するなんて、簡単な男だ。思わず口元が綻びそうになり、奥歯を噛む。しかし、次の瞬間、その堪えた笑いが固まった。

「音が聞きたいんだけど」

 思わずスマホを正面から見据える。

「音って……

「鳥海さんが濡らしてる音だよ。ちょっとかき混ぜてみなよ」

 たぶん、スマホを睨んでいる自分の顔は憎悪を露にしているだろう。それでも、無機質な相手は平気な顔で受け止め、静かに佇んでいる。

 茜は瞼を閉じた。中指が潤みにそっと沈む。温かく指を包んだ体液の中で、関節を軽く前後に動かす。

「んっ……

 思わずぴくん、と肩がすくむ。 突起の上を指の腹が掠めただけなのに、身体の奥に伝わった痺れは、閉じていた愉悦の扉を開いた。

「そうそう、ちゃんとやらなきゃだめだよ」

――バレていた。

 身体がかっと熱くなる。

アンダー・プレッシャー(試し読み)第一章/1

 第一章 第一会議室

 鳥海茜(とりうみ あかね)が、分析室、事業所のパート全員の時間外手当を入力し終わり、まとめた出欠勤カードでトントンと机を叩いた時、香川節子(かがわ せつこ)がラップトップの向こうから「お茶入れましょうか」と声を掛けて来た。

 腕時計を見ると十五時半だ。

「あ、私がやります」

 勤続年数二十五年以上の大御所が席を立ちかけているのを茜が慌てて手で制した時、どこか懐かしい声音が自分を呼ぶのを聞いた。

「あーかね。いやー、やっぱり外歩き回ると暑いねえ。冷房効いたエントランスが天国に思えたよ」

「あれ、栄子。どうしたの?」

 人の背丈ほどのパーティションで区切られた接客ブースの角から同期の西条栄子(さいじょう えいこ)が姿を現し、持っていた手提げの紙袋を茜の隣の空席に置いた。

「T理科大に分析データ出しに行って来たの。その帰りに人事課の皆様にご挨拶に。お疲れさまでーす、いつもお給料ありがとうございます。入力間違えて多めに入れてくれてもいいですからね」

 おどけた顔で会釈しながら人事課のデスクを見渡し、栄子は椅子を引き出して座った。

「いやいや、香川さんと課長のダブルチェック厳しいから。ていうか、早く栄子の〝育児扶養手当〟に数字を打ち込みたいわ」

「ぶはー! 会社から結婚祝い金もまだもらってないのに!」

「笑っていられるのも今のうちよ。ていうか、わざわざ本社からこっちまで出て来て。データなんてメールでポン、で良くない?」

 茜の勤務する都内のビルの2フロアは借り上げで、本社は二県離れたI県にあった。栄子の実家は本社に近く、また研究者志願であった理系の彼女は本社の研究室勤務だった。

「ずいぶんね。最初の言葉、熨斗(のし)を付けて返すわ。そう、データね。普段ならそうするんだけど、一応それを資料とした新製品の営業兼ねて。だから営業部の大林さんと一緒だったよん。あの人と歩くと街歩く女子の視線吸引しまくる、しまくる。歩くバキュームだよ。って、私は個人的には同じ営業でも上尾さんのほうがよかったんだけどねえ」

「西条さん、お疲れさま。なんだか見ないうちにすっかりしっかりして。お茶飲むでしょ? 今入れるけど。あ、それともアイスコーヒーの方がいい?」

 栄子の会話の勢いが途切れた所で、香川が控えめに割り込んできた。

「あ、お茶がいいです。ありがとうございます。コーヒーは外で大林さんにご馳走になっちゃったから。そうだ、お菓子買って来たんですよ。皆さんでどうぞ」

 栄子の差し出した紙袋を、丁寧にお辞儀をしながら受け取った香川が給湯室に行ってしまうと、栄子はショルダーバッグから掌より少し大きめの包みを二つ取り出して茜のデスクに置いた。

「遅くなったけど、誕生日プレゼント。二十五歳、おめでとうございます」

「わあ、ありがとう。そんなの、いいのにー」

 茜が嬉々として開けようとするのを栄子は慌てて押さえる。研究室で働く、爪が切りそろえられたマニュキアの塗られていない指だ。

「人がいない所でね」

「ん? なになに? やばいの?」

 目をきときとと光らせて食いついてくる茜の額を栄子は指先で軽く小突き、「お楽しみ」とにやりと歯を見せた。

「あーあ、せめて顔を拝もうと思ったのに、上尾先輩、外なんだって」

 溜め息をつく栄子に、茜は訝しげに眉を寄せる。

「そんなにいいかあ? まあ、かっこいい部類だけどさ。眼鏡男子の代表?」

「ちょ、『部類』いらない! 訂正しろ! そして『眼鏡男子』違う! 『眼鏡王子』!! 近くにいるとこうもありがたみが無いもんかねえ……

「いや、フロア違うし会わないし」

「はあ、だめだ。女子度メーター底辺ぶっちぎりの茜じゃ上尾先輩のよさはわからんね。ていうか、入社当時、先輩に手取り足取り仕事教えてもらった幸せ者がァ!」

「何? 上尾君の話?」

 香川が机の上に栄子の菓子――ダッコワーズ――と湯のみを二つ置きながら口を挟む。

「そうです! カッコいいですよねえ。あ、いや、このフロアの皆さんも素敵なんですけど!」

 やっと自分の声が、広くフロア中に響いているのを悟った栄子は、誰も頼んでいないフォローを入れた。

「そうねえ、私はおばさんだからカッコいいって言うのはわからないけど、どちらかというと可愛いわね。仕事も速いし……。でも、ちょっとつかみ所が無いような感じだったわね。まあ、今の若い子ってみんなそうなのかしら」

 香川が小首をかしげると、おかっぱ――ボブ、というよりまさに〝おかっぱ〟――の髪がさらりと音を立てたように思った。五十を既に越えているかいないか微妙な歳でありながら、彼女の髪は艶があり、細かい皺はあるものの、肌は抜けるように白い。

『香川さんは絶対にまだ一度も男を知らないと思うんだよなあ』

 以前、支店長会議の後、茜と企画部の女子社員が連れて行かれた酒の席で酔った誰かが言っていのが記憶に蘇る。

 そういわれてみると、ややふくよかな体は無垢に見えて、熟した色気を仄かに漂わせているようにも思えた。

「そんなあ! 香川さんだってまだまだお若いですよ! 全然私たちの会話について来てるじゃないですか。ね、茜」

「そうですよー」

 栄子の声に我に返り、調子を合わせながら、今度は上尾の顔を思い浮かべてみる。

 茜が入社した当時、上尾は同じ人事課で机を並べていた。

 彼が歌舞伎役者なら女形確実だろう秀麗な顔。ストレートの長めの前髪をワックスで後ろに流していたそのシャープな横顔は、香川も言う通り、普段から何を考えているのか全く表情が現れず、眼鏡の奥の目は涼しげな――というか、人を寄せ付けない――雰囲気もあって茜は隣にいても、かなりの距離を感じたものだ。

 それでも新人の教育係という、業務上の名目においてはとても優秀な指導者だった。

 事務的でも、上尾と言葉を交わしたのはその数ヶ月間だけである。そして茜がやっと電話対応に慣れ始めた頃、彼は営業部に異動になった。

 * *

「お疲れさまでした」

「ああ、助かったよ。鳥海さんのおかげで私の方も終わりそうだ」

 課長の中西はラップトップから顔を上げ目を細めた。

「そんな、当然ですよ。ではお先に失礼します」

「お疲れさん」

 栄子の訪問で大目に見てもらっていた長めの休憩時間分を取り戻すのと、中西の溜まっていた交通費精算を処理するのに二時間ほどの残業。

 給料日後の金曜だからか、フロアに残っていた他の社員も茜の声に時計を見、ラップトップの蓋を閉じて腰を上げ始めた。

 茜はデパートの、駅への連絡通路を抜け、途中にある輸入雑貨屋を覗いた後、本屋に立ち寄った。雑誌を幾つか立ち読みし、ラブロマンスの新刊を一冊選んでレジの列に並ぶ。自分の番に近づくとバッグに手を入れ、財布を探る。掌を返して探った。荷物は少ない方だが、いつまでたっても指は馴染んだ財布の肌に触れない。

「あ」

 そうだ、今日手芸キットのお金払って財布、引き出しに入れっ放しだ。ああ、少し足りない女子力、安易に稼ごうとしてこの始末。そして買ったキットはロッカーに置いたまま。女として終わってる。内心で苦笑しながら腕時計を見れば、寄り道は意外と時間を食っていた。

 まだ会社に誰か残っているだろうか。もう戸締まりをしてしまったか。それなら守衛さんの所に行かないと。

 小走りで会社に戻り、勤務フロアでエレベーターの扉が開くと、乗ろうとした中西とばったり顔を合わせた。

「うわ、ビックリしたな。どうしたの、鳥海さん」

 〝開〟ボタンを押したまま、茜は事情を一言で話した。

「じゃあ、タイミングよかった。私が最後だったから。はい、鍵。ちゃんと戸締まりして下に持って行ってくれよ」

「はい。お疲れさまでした」

 中西と入れ違いにエレベーターから飛び降りるようにして、ぺこりとお辞儀した茜を上司は苦笑で見送った。

 蛍光灯のスイッチを入れると、海原の諸島のようにデスクが浮かび上がる。

「あ、やっぱりあった。よかった、よかった」

 財布をバッグに仕舞う。ふと何かに呼び止められたような気がし、一番下の引き出しに視線が落ちた。

(そういえば、栄子からのプレゼント入れっ放しだった)

 一度肩に掛けたバッグをデスクに置き、引き出しから二つの箱を取る。ペーパーナイフでテープを剥がし、包装を広げる。

「うわ、嬉しい」

 出て来たのはレトロな形の香水瓶で、茜が前から欲しがっていたトワレだった。

「やっぱり持つべきは友達じゃのう。それに二つもプレゼントなんて、よっぽどお給料いいのかしら、栄子さん。なんちてー」

 ほくほくと二つ目の包みを開けると、箱から出て来たのは、パールピンクのペンのような物だった。しかし、ペンにしては太すぎる。両端には丸みがある。そして、ペンなら外れるはずの蓋がない。小さなボタンがあるということは、ペンライトの類いか。

「なんだ?」

 縦にし、横にしてみても見当がつかず、箱の中を見ると説明書があった。茜は商品名に目を走らせると、ぷらぷらと片手で振っていたそれを思わず机上に落した。

 げ、バイブじゃーん。「スタイリッシュなラブグッズ」って……。どっから突っ込んでいいのやら……って、突っ込まれるのはあたしか? じゃなくて!

 バッグからスマホを搔き出し、栄子に電話する。コールは三回で相手を捕まえた。

「あはは、ごめーん。あたしそれ結婚式のビンゴ大会でもらったんだけど、実家暮らしでしょ。部屋にあっても困るもん。母親が掃除しに来て見つけて、間違ってスイッチ押すようなことあらば!」

 あははは、と再び朗らかな笑い声。

「だからって、人に回すかこんなもん! ていうか、自分の部屋くらい自分で掃除しろ!」

「未使用だから安心して」

「ったりまえでしょ! てか、使わん!」

「だから、それはおまけ。ちゃんともう一つはあんたが欲しがってた香水だったでしょ。まー、そんな道具使わなくてもいいように、早く彼氏が見つかるといいねっていう……可愛いプレッシャー? 応援アイテム的な? まあ、その香水についてはまた後日ゆっくり話すけどさ」

「『アイテム的な?』って! 聞くな! もう、わけわかんない! だが、香水はありがたく受け取っておく!」

 なにそれ、偉そうー、と間延びした語尾の終わりまで聞かず、茜は鼻息荒く通信をぶち切った。

「ああ、まだいたの」

 喉に引っかかるような声が聞こえ、そちらを向くと、フロアの入り口に顔なじみの初老の守衛が立っていた。

「正面のガラス戸は開いてるけど、薄暗いし、覗いてみたんですけど。まだ残業ですか」

「あ、いえ。お財布取りにきただけなんで。すぐ出ます」

 スマホと香水をバッグに放り込み、一瞬の逡巡の後、〝応援アイテム〟を元の引き出しに突っ込んで消灯すると、入り口で待つ守衛に鍵を渡して施錠を頼んだ。

 ビルのエントランスを出て、茜は「あ」と小さく声を上げた。

 せっかく会社に戻ったのに、また刺繍キットを忘れたのを思い出したのだった。

 こりゃあ、女子力伸びないわ。でも……今ならまだギリで、デパ地下の総菜セールに間に合うよね……

 今日はもう「色気」より「食い気」に徹することに決める。とたんに軽くなった足で、駅に向かった。

 * *

 オフィスの壁時計を見れば午後八時半だ。

 給料日後の数日の間に残業が重なるのは珍しい。しかし、上司から頼まれれば断るという選択肢は、入社三年目の部下には無い。

 あとは仕上げた書類を必要部数コピーして綴じるだけでよかった。それでも意外と時間がかかってしまった。小腹が空いたので、茜は引き出しから、盆休み明けに他部署の社員が皆に配った銘菓を出し、お茶を入ると、それを食べながらスマホでオンラインノベルサイトをチェックした。

「あ。更新されてるー。嬉しい」

  そのサイトには大人のラブロマンス――かなり濃い性描写がちりばめられた――小説が投稿されている。無料で読めて、なかなかクオリティの高いそれに、茜は気に入りの作家を何人か発掘していた。そして、そのうちの一人の毎金曜日の更新を楽しみにしていたのだ。

 最新の更新記録を見つけ、いざそのページをタップしようとしたとき、接客ブースの向こうに頭が流れるようにこちらへ来るのが見え、すぐに姿が現れた。茜は咄嗟に掌でスマホを覆った。

 三年先輩である、営業部の大林だった。彼は茜を見つけるとぎょっとしたように立ち尽くした。

 ギリシャの彫刻のよう、と言っても過言ではない、日本人離れの顔の中心に一瞬眉が寄ったが、それは茜が気が付く前に消えた。

「あ……、鳥海さん、まだいたんだ……

 我が社のイケメンズの一人、大林賢郭(おおばやし けんかく)。もう一人はもちろん、栄子お墨付きの上尾だ。

「静かだし、電気付けっ放しだと思って見に来たんだけど。一人で残業? お疲れさま」

 親会社の実業団バスケチームで活躍している、スポーツマンの爽快な笑みがさっと顔に広がる。 茜は言われて初めて、大林と二人きりという状況に気がつき、妙に落ち着きを失った。

「お疲れさまです。ええ、でもあとコピーして終わりです。ちょっとお腹が減って休憩してたんですけど。大林さんもまだ残っていたんですか?」

「あ、うん……。でも、終わったから、三田でも誘って飲みに行こうと思ったんだけど……

「経理は皆さん、もうとっくに帰りましたよ」

「そうだよね」

 茜の隣に立った大林は経理部の同期の名前を出し、まだ一つだけ残っていた北海道銘菓を指した。クッキーにホワイトチョコがサンドされたものだ。

 茜の視線はそれを摘まみ上げた大林の手を追った。無骨で男らしさを感じる手だ。

「これ、うまいよね」

「あ、甘いものお好きでしたら、どうぞ。私、実はもう二つ食べたので」

「いいの? じゃあ遠慮なく」

 白い歯を見せて大林は笑んだ。そして再び誰もいないフロアを見回して溜め息まじりに言う。

「ふん……しょうがないな。おれも大人しく帰るか。上は誰もいないから、戸締まりしておくよ。お菓子、ご馳走さま。鳥海さんからこれもらっただけでも下に来た介があった」

「そんな」

 茜は照れを隠すようにわざと事務的な口調で言葉を継いだ。

「じゃあ、戸締まりお願いします。お疲れさまでした」

 大林は手をひらりと振り、そそくさとフロアを出て行った。その張りのあるスーツの背中が完全に消えると、茜はほっと息をついた。

 ああ、眼福だった。普段は見ないからあれだけど、やっぱり見るとカッコいいよなあ。でも大林さんも、三田さんと飲みに行きたいなら昼間のうちに約束しておけばよかったのに。普通、週末にこんな時間まで残ってるなんて思うかな。急な誘いだって迷惑だろうし。っていうか、大林さん、週末なのに約束ないのかな。そういえば意外に彼女の噂って聞いたこと無いけど。まー、それ言ったらあたしもそうだけど。

Klee~四葉のクローバー〜侑と仁BL編

今日は久々に比和子がうちに戻って来るという。べつに水沢と離婚前提の別居を決めたわけじゃない――残念ながら。

ただ、水沢が一歳になる尚人を連れて実家に遊びに行っただけの話だ。たまには比和子にも一人の時間を、という配慮らしい。

父さんは学生時代からつるんでいる仲間とこの週末、温泉旅行――が名目の――麻雀大会に行った。

誰もいない事務所で要至急案件を処理すると、ぼくは駆け出したくなる気持ちをなんとか抑えながら帰った。

「ただいま。比和子? もう来てるのか」

玄関には比和子の華奢なミュールが揃えてあった。その隣には仁のでかいスニーカーも革靴もある。休みなのにあいつ、家にいるのか。まあ、比和子が帰って来るならそれは当然か。

二人がいるにしては不気味に静かな家に上がる。階段の脇を通ると二階から微かに声がした。

なんだ、あいつら上にいたのか。しかしその声がよりはっきりと聞こえてくると、階段を上がるぼくの足が止まった。

――……ん……いい……もっと…………あっ、あっ……もっと、おく……

鼓膜にねっとりと絡み付く、幾度となく聞いたことのあるその声。容易くぼくの雄を刺激する喘ぎ声は比和以外の誰のものでもない。それなら、その相手は……。

――っあ! ……いや、だめっ……じん……やっ、そんなとこ……あぁ……じん……

 

ぼくは気配を消し、階段を下りて居間のテレビを付けた。ボリュームはもちろん絞れるだけ絞ったが、ミュートにはしなかった。そうすると、当然二階の声に耳をそばだたせることになる。

ワイシャツのボタンを外す。何かが動いている画面の一点を見、適当な間隔でチャンネルを変えていた。そんなことをしていたら、いつの間にか仁がビールを片手に、Tシャツとボクサーパンツ姿でソファの横に立っていた。

「普通、ぼくが帰ってくるってわかってて、するか?」

ぼくはテレビに視線を戻して言った。

「おまえ、仕事遅いからな。今日は読み間違えた」

「比和は?」

「寝てる。相当イカせまくったから当分起きないぞ、あの調子じゃ。いやー、久々だったけど、相変わらずおっぱい柔らかかったな。吸ったら、少し出て来たぞ」

「尚人、とっくに卒乳したってよ」

どさり、と仁はぼくの隣に体を投げ出す。汗に混じったやつの香水の残り香がやけに鼻につく。仁はビールをテーブルに置いた。

「わりぃな、おれは当分しないぞ」

「鬼畜」

「本人、喜んでるからいいんだよ……って、おまえ妬いてるんだろ。悔しいか。一足遅かったって」

「おまえには言いたくない」

「キスくらいしたいか」

仁がにじり寄る。ぼくと同じ顔。乱れた前髪の後ろの瞳にはまだ欲望が燻っていた。――怯んでたまるか。

ぼくは弟を睨み返す。

「ふざけんなよ」

「ふざけてねえよ」

仁の威圧が濃くなった気がして、ぼくは顔を背けた。

その瞬間、仁の素早く伸びた手はぼくの顎を掴み、ぼくの唇に無理矢理自分のを押し付けた。

「ぅ……」

仁の肩を押し返すも、体ごと伸し掛かってくる男の力には抗えない。きつく唇を吸われ、ぼくが抗議をしようと開いた口に舌が割り込んで来た。仁は遠慮なくぼくの舌に絡み付き、唾液を流し込んだ。柔らかな肉感と、微かなざらつき。変に頭の芯が痺れてくる。そして、なぜか、もう一つの芯にもその感覚が直結しているようだった。

「っ……やめろよ」

なんとか仁の体を押し返し、甲で口を拭う。腰を上げかけたぼくを、仁の言葉が止めた。

「間接キス」

「は?」

「比和と間接キスだろ。どう考えたって。嬉しいか」

仁は薄く笑って、ぺろりと唇の端をなめた。

「やってらんねえ」

「おまえが、おれを『ご主人様』って呼べば……比和子のあれ、舐めさせてやる」

ぼくは思わず相手の顔をまじまじと見つめ返した。本気か、冗談か。瞳は、笑っていない。

「おまえ、何様? 冗談も休み休み言えよ。ぼく、疲れて帰って来てるのにさ。それになんで比和のことをおまえが勝手に決めるんだよ」

「冗談じゃねーよ。まだシャワー浴びてないから、おれのに、比和のがたっぷり染み付いてるんだけど。あいつ、今日もぐしょぐしょだったからな」

喉が、鳴った。ぼくの心を見透かしたように、仁が続ける。

「比和、おまえと和解したけど、体は許してないもんな。またガキの頃みたいに、襲うわけにもいかないし。……でもおまえは比和禁断症状に悩まされてる。違うか? あいつの匂いで簡単に勃つだろ。触れたその手で手慰めしてるだろ。おれには全部わかってんだぞ。だから、兄を苦しみから解放してやろうっていう弟の思いやり」

「いい加減なことほざくな。じゃあなんなんだよ、その『ご主人様』ってやつは」

「演出。その方がおまえもやりやすいだろ。ご主人様と執事」

「執事がそんなことまでするか、バカ」

「するんだよ、最近のはよ」

思わず、視線が仁のボクサーパンツの緩やかな盛り上がりに落ちる。

「うまいよ、比和の。散々舐めて来たおれが言うんだ。間違いない」

ぼくはソファから下り、仁の脚の間に跪いた。仁は微動だにしない。ボクサーパンツに両手を掛ける。手の動きを止め、仁を仰ぎ見る。

「なんか忘れてねーか」

鋭い眼差しがぼくを射る。

……どうしてもそれを言わせるのか。でも、比和を味わえるというなら。仁の言う通りだった。ぼくは比和を体の底から欲していた。気が狂いそうになる、一歩手前だった。

「ご……ご主人さま……」

「存分に味わえ」

パンツから足を抜いて開かれた中心に、力なく垂れているものをそっと握る。そこにまみれたものに、湿った手の平が吸い付く。扱いは十分わかっているつもりだ。

顔を近づけると、熱に燻《いぶ》され、男と女の混ざった匂いが鼻先に蘇った。

少しすぼめた唇で鬼頭に吸い付き、あとは無我夢中でそれをしゃぶりまくった。比和のあそこの、比和の味。舌が痺れるような。頭の芯が痺れるような。たしかにぼくはその味を覚えていた。

すぐに口の中が仁の膨張したペニスで一杯になる。なめらかで熱い亀頭が喉の奥を圧迫する。

「根元……まで、入れた、から……な」

荒い息の合間に言葉が溢れてきた。

なんだ、仁も余裕ないのか。ぼくはゆっくりと根元に舌を、這わせた。表面全体を押し付けるように舐め上げる。

仁の手がぼくの髪を揉み混ぜる。

大丈夫、ご主人様。ご心配はいりません。まだまだ、イカせませんよ。

お楽しみは、これからですから。

第六話 プライベート・セッション

 あたしは一人、清閑な住宅街のなかにひと際目立つ五階建てマンションの前に立っていた。綺麗に剪定された丸い植え込みに沿ってポーチライトが品よくエントランスまでの道を照らしている。

 さっき降った夕立がアスファルトに篭る熱をすっかり洗い流して、爽やかな宵の風がむき出しの腕をそっと撫でていく。

 メールで送られた住所は間違ってない。ここの最上階……。

 センセイは、『イナのセラピーはおれの部屋でやればいい』って言ってくれた。そして『ウチだと邪魔は入らないしね』とも。その彼の声のトーンを思い出すと、脚の付け根が熱を帯びる。

 あたしは逸る気持をそのままにエントランスへ足早に向かった。

 ガラスの自動ドアも床も何もかもピカピカに輝くホールに入り、教えてもらったコードでロックを解除。中に進むと、レンガで囲まれた四角いスペースに玉砂利が敷かれたその中央に噴水があり、周りに天使の石膏像が二体飾られていた。

 一面鏡張りのエレベーターに乗り、ほっと溜め息をつく。

――こんなすごいマンション……。センセイ、お金持ってるってことだよね……。カウンセラーってそんなに儲かるの?

 こんなところに住んでるセンセイが、ウチの小さな2LDKでよく窒息しなかったな。

 センセイがあたしの部屋に来た夜、彼は本当にあたしが寝るまで側にいてくれた。でも、目が覚めると隣にはセンセイの姿は無く、シーツから”アレン”の香水が微かに香っただけだった。

 その後のセッションで、あたしはすぐに、あたしたちの間にとても強い信頼が生まれているのを感じた。

 センセイはあたしをパートナーに選んでくれたし、あたしはセンセイのただならぬ過去の一部を知っている。彼の人生を変えた過去を。

――七年前の交通事故で、婚約者を失った。

 それ以上、センセイは話してくれないから、詳しいことはわからない。一度、セッションの途中で話をそっちに向けてみたけど、やっぱり失敗に終わった。ただ、彼の表情から、それをあたしに話せないことも、話せば彼自身どうなるか想像もつかないくらい辛いことなんだろうな、っていうのはわかった。

 たぶん、彼女は亡くなった。

 でも、センセイはそれを乗り越えるべき。センセイは生きている。だから、人生を楽しむ義務がある。うん。これは義務。あたしだって、センセイに会う前は本当にドン底だった。でも、センセイのおかげで少しずつだけど”こんな”自分を認められるようになった。”どんな”自分でも自分は生きて、誰かと関わっている。

 だから、あたしももっとセンセイに関わりたい。こんなニンフォマニアでも役に立ちたい。

 ほとんど音を立てずにエレベーターのドアが開くと、目の前に廊下が延びているのではなく、あたしはすでに部屋の中にいた。

――すごい! ホテルのスイート(アメリカのドラマで見ただけ)みたい!!

 アイボリーの毛足の長い絨毯の上にミュールの足をこわごわ一歩踏み出す。これ、土足でいいんですかね?

 暖色の灯りが、広い部屋に置かれたアンティークのチェストや、ミニバーのカウンターに反射している。奥の左手の壁には白い両開きのドア。少し開いているその真鍮のドアノブが光っている。中央に置かれたL字型のどっしりとした黒革のソファーの向こうは一面ガラス張りで、晴れた夜空に煌めくタワ―ビルの照明が目の先に一望出来る。こういうの、ペントハウスっていうんだっけ。

「すごーい……」

 窓に近づき、目の前に広がる夜景を改めて見ると、溜め息に混じって思わず声が出た。その時、後ろから聞こえた忍び笑いにあたしは振り向いた。

「センセイ……」

「もう少し早かったら夕陽が沈むの見れたんだけど。ちょっと用事があってこんな時間になった。また今度な」

――また今度

 そんな些細な言葉にも胸の奥が反応し、ぽっと灯がともってしまう。センセイがあたしの真後ろに来て、肩に唇を触れさせた。ぴりぴりっと小さな微電流が走る。

「何か飲む?」

「あ、うん」

 浅くなりかけた呼吸を整える。そうね、ちょっと気付に強いヤツを一杯! ミニバーの後ろの棚に何本も並ぶボトルの中から、一本選んだセンセイはグラスを持って戻って来る。

 ぱりっとした黒いシャツにライトグレーのスラックス。足下は素足に黒革のモカシン。あまりに格好良くて、あまりにあたしのタイプで。いつ見ても、胸をぎゅっと鷲掴みにされてしまう。センセイは巨大ソファに座り、やっぱり巨大な大理石のセンターテーブルの上でグラスに褐色の飲み物を注いだ。

「ラムでいい?」

「うん」

 もちろん、センセイはあたしが飲めるって承知の上で、一応聞いている。今日の気分はビールってこともあるしね。そう言ったとしても、きっとセンセイは嫌な顔一つせずにビールを出してくるに決まってる。

 センセイの隣に座り、赤のショルダーポーチを脇に置く。今日、あたしはグラデーションの綺麗なロイヤルブルーのキャミソールワンピースを着ている。割とボディラインが出るヤツ。あ、でもミニじゃなくて膝丈なんだ。だって……。

 彼の胸に抱き寄せられ、あたしはうっとり目を閉じた。頬に温かな手を添えられると優しく唇が重なる。鼓動が高まり、体温が一度ずつ上がっていくのがわかる。センセイの舌が柔らかく唇を割って入ると、ラムの味がした。彼がねっとりとあたしに舌を絡み付かせると、くらりと目眩を覚える。思わずセンセイのシャツを掴む。

 こんなに高慢で、怜悧で強引な男の人が、実は心にとても深い傷を負っている。もしその傷が時間が経てば癒えるものなら……そしたら、その時間はせめてあたしと一緒にいて欲しい。でも、もしセンセイが誰をも受け入れなければ? ――きっと、あたしもとても深く傷つく。

 それでもいい。明日だって、未来なんてわからない。あたしはただ今したいことを――センセイと過ごすと決めたら――するだけ。

 後悔しないように。もう傷つくことを、恐れない。

 だって、センセイが好きだから。センセイに傷つけられるなら、それでもいい。

 執拗にあたしの舌を嬲《なぶ》っていたセンセイは、最後に上下の唇を交互に食んで身を離した。身体の上を熱いまなざしが這い回る。

「本当にイナは最高の女だな」

「そ、そうかな」

 照れ隠しにセンセイが渡してくれたグラスを一気に煽る。喉が焼け、頬がかっと熱くなる。

「あーあ、一気に飲むなよ」

 苦笑しながらセンセイはあたしの手を取って立たせる。彼はグラスを片手に、手をつないだままドアに向かう。

「センセイ……、あの、靴……」

「いいよ、そのままで」

「でも……」

「脱ぎたいなら、服も、全部脱いで」

「え、じゃ……このままで」

「残念。診療室ならさっさと脱いでるのにな」

 う……。そうだよね。でも、センセイのプライベートな場所だとなんだか素の自分を出すのが恥ずかしい……。変なの。

 おいで、と手を引かれ、壁にかかっている、ウチのより何倍も大きなフラットテレビの脇を通って隣の部屋へ入る。

「うわぁ」

 まず目に飛び込んだのは部屋を囲む壁一面の本棚。あたしは吸い込まれるようにして思わず二三歩進み出ていた。ピカピカに磨かれた片息の床にヒールが音を立てる。窓際は仕事場の一角らしく、大きなガラステーブルの上にデスクトップが一台。後ろの棚には医学書とファイルが並んでいる。その正面の壁にはオーディオセットが収まり、あとのスペースには整理された本が隙間無く埋まっている。

 あたしはセンセイの手を引っ張って、机と対角にある猫足カウチ(バロック風ね)に座った。こっち側の壁にはもう一つドアがある。

「そっちはキッチン。シンプルなものだよ」

「今度、ご飯作ってもいい?」

「可愛いこと言うな」

 頭を撫でられる。もう、子供じゃないのに!

 そういえば、センセイの部屋の雰囲気って一度母親とパリに行った時に入った美術館みたいだ。この続き部屋といい、堂々とした風格の家具といい。

「この部屋、気に入った?」

「ものすごく。ここにいたらずっと引きこもれるね」

 差し出されたグラスのラムをぺろっと舐めてセンセイを見上げた。

「それなら、ここよりもっと居心地のいい部屋がある。イナにベストの部屋が」

 どこだろ……。それって、やっぱり寝室? センセイの近くにいると、どんなことでもセックスに繋げちゃうよ……でも、最近それはセンセイといるときだけ。

「それにしても、一つ一つの部屋がすごく広い。あと何部屋あるの?」

 センセイはそれには応えず、にやっと悪戯な笑みを浮かべた。ちょっと不安になる。

「すぐにわかるよ、こっちだ……」

 伸ばされた手を再び握って、次の部屋へ。隣を歩きながら、胸のもやもやが膨らんで行く。

 今の二部屋で、センセイがお金持ちっていうのは瞭然だ。

 診療室で会っていたときも、身に着けているスーツ、シャツ、時計や靴からだってそれはうっすらと感じていた。

 だから、もし、センセイの道楽があたしみたいな若い子――若いだけが取り柄な女――と遊ぶことだと打ち明けられても、多分、驚かない。

「寝室」

 センセイが灯りを点ける。間接照明がグレーの天井を交差する。

 口から出るのは溜め息だけ。白、黒、グレーで統一された部屋の真ん中に大きな黒いベッドが鎮座して、揃いの色のナイトテーブルの上にランプとデジタル時計。ベッドを挟んで左側にはガラスのドア、その向こうに乳白色の大理石のバスルームが見える。右側は引き戸で……クローゼットかな。

「ここがベストの部屋?」

「いや……」

 あたしはもう一度寝室を見回した。広くて、清潔で、整理されていて……。それは今まで見て来た全ての部屋に言えることだ。

 でも、なんだか……殺風景。生活感が無いと言うか……確かに、居間には大きなベンジャミンの鉢があったけど、その葉の一枚一枚も、まるで作り物のように光っていたし。

 なんていうんだろ。一言で言ったら――無駄なものが一切無い、ミニマルな空間。

 それなら、住んでいる人も、そういう人ってこと……? だって、部屋ってその人のスタイルと趣味がモロに出る場所じゃない?

 そう思うと、胸に冷たい風が吹き込む。

「ね、どれくらいここに住んでいるの?」

「一年経ったかな。でも、家なんて寝るだけの場所だな。大抵はクリニックにいるから」

「じゃあ、別に前の家からわざわざ引っ越さなくてもよかったんじゃない?」

 センセイの瞳にさっと影が射す。伏せ目がちに彼は呟いた。

「あそこには真由美の思い出があり過ぎて……」

 あたしは一瞬息をするのを忘れた。今、センセイ『真由美』って……。

「あ……、ご、ごめんなさい。そんな理由だったって知らなくって……」

 それでも、センセイの苦しげな表情は消えない。きっと、今彼の中でその時の辛い記憶が蘇っている……。

「イナにわかるわけ無いものな」

 再び視線をあたしに向けたセンセイの目にはまだ悲哀がくっきりと現れていて、それで微笑まれると、胸が切り刻まれたように痛む。

「あ、ここがベストじゃないなら……バスルームかな?」

 慌ててガラスドアを開け、中を覗き込んだ。

 そこもやっぱり広くて、ウチのダイニングキッチンくらいありそうだった。黒に近いグレーの床以外は乳白色の大理石。入り口に焦げ茶のラグマットが敷かれていて、右側に金色の蛇口がついた大きな洗面台とミラーキャビネット、その向こうにジャグジー付きの丸い浴槽。左側は床と同じ色のブラインドが壁半分を隠している。もしかしたら、窓かも。

 バスルームを二つに区切っている磨りガラスの後ろは片側がトイレ、反対側がシャワー。つるつるの壁には紺色のバスタオルと光沢のあるバスローブが掛かっている。

「センセイ! これなに?」

 天井にエアコンみたいな噴射口を見つけた。

「ああ、ミストサウナ。もしよかったら、あとで試してみるといい」

「すごい! もちろん、全部試す! その期待は裏切らないから安心して!」

 あたしはバスルームの灯りを消して、寝室の壁に寄りかかっているセンセイに近づいた。

「センセイ、本当にスゴいところに住んでいるのね。でも……、なんだかもう少し明るい色があってもいい気がする」

「だからイナがここにいるんだろ」

 彼の目がワンピースを指していることに気がつく。――あたしがセンセイの”色”?

 その言葉がどんなに嬉しいか、わかってる? あ、なんか胸が一杯になって……。

「ね、さすがにもうこれでお終いでしょ」

 おセンチになる前に、慌てて明るい声を出した。

「あと一部屋」

「そこ……、ウォーキングクローゼット?」

 ビンゴ。

 長細い、真っ白な部屋の上下にポールが渡され、ハンガーにかけられたスーツがずらりと並んでいる。コートやタキシードの礼服も色違いで揃っていた。その下は引き出しのある棚で、多分、セーターとかプレスされたシャツとかネクタイとか下着類が収納されているはず。

 向かいの壁は靴の棚。ここにも黒や茶、ボルドーの綺麗な革靴がきちんと収まっている。

「こっちだよ」

 え? なんだろ。もう部屋なんて……。奥に入って行くセンセイについて行くと、ポールに掛かったスーツの向こうにもう一つドアがあった。

「忍者の隠し部屋みたい」

「忍者か」

 センセイは小さく噴いた。あ、よかった。ちゃんと笑った。

「あ、じゃあ……、不思議な国。白ウサギが今目の前を通って行くの」

 あたしがドアノブに手をかけると、その手に彼のが重なった。

「いや、むしろこの部屋にいるのは黒い力をもった聖職者……かな」

 含みを持った低い声に、背筋がゾクゾクした。「あ……」くるりと身体を反転され、あたしはドアを背にして、そこに肘を付いたセンセイの腕に囲われていた。――壁ドン。

 淡い期待に胸が高鳴る。センセイが顔を近づけ、今にも鼻先が触れそうな距離。

「この部屋に入ったら、おれは”センセイ”じゃなくイナの”主人”だ」

「わかった……」

 彼は満足げに薄い笑みを浮かべ、指先であたしの首筋をなぞった。その指先は冷たいのに、触れられたところが熱の筋になる。

「ああ、でも中に入る前に、イナはおれに話を聞かせないとな」

「え?」

「セッション、だろ? 他に何かあるのか?」

 また、口角が上がる。ずるい。この期に及んでお預けだなんて。むっと彼を睨んだ。

「二角ジアンほど意地悪な人、今までに会ったことないわ」

「それはよかった。会ってたら、イナは速攻そいつに付いて行っただろうからな」

 そ、それって……。自分に都合良く解釈していいですか? 思わず頬が緩んでしまう。でも、そんな顔を見せたらまた意地悪されるに決まってる。あたしが素早くセンセイの首に腕を回すと、彼は両手でゆっくりとワンピースをたくし上げた。そして、むき出しになったお尻を丸く撫でる。

「いい子だ。イナ。命令通り下着つけてないな」

 見上げた顔の笑みが広がる。

「だって、あたしはセンセイの……奴隷でしょ?」

 ”奴隷”って言ったとき、下腹に熱くて固い塊が当たるのを感じた。あたしは胸内でほくそ笑んでしまう。うん。わかってる。あなたはあたしの”奴隷”だよね。

「じゃあ、褒美に五百円だ」

「えー! それ微妙! なんで五百円!? あたしの価値ってそんなもの?」

「じゃあ、イナは何が欲しいの」

――センセイ。センセイだけ。

 って言いそうになるのをぐっと堪える。だって、あたしばっかりセンセイを欲しがってるみたいじゃない。

「激しくて、野獣同士みたいなセックス」

 うん、この方があたしらしいし、嘘じゃない。

「ああ、お易い御用。すぐにしてやる。でも、先にイナのファンタジーだ……っ……おい、イナ?」

「ん?」

 あたしはセンセイの首元に顔を埋めて彼の香りを胸一杯に吸い込みながら喉を鳴らした。だって、やっとセンセイに触れたんだもん。大好きなセンセイの匂い、もっと味わわせて。彼はくすぐったそうにちょっと身じろぎしただけで、好きなようにさせておいてくれた。といっても、センセイだってその間中あたしのお尻を捏ね回していたけど。

「イナの話で、相手は一人だけ、っていうのは無いのか?」

「あるけど……、でもそれはあんまり興奮しないかな。それは今日じゃなくて、また別の時に話すね」

 背伸びして、センセイの耳に舌を這わせ、耳たぶを甘噛みする。身体に挟まれているペニスが、さらに元気になる。

「わかった。じゃ、始めて」

 彼のあたしを抱く腕に少し力がこもった。……もしかして、センセイも我慢してる?

「えっと、時代は現代ね。あたしはリストラで会社を辞めさせられたOL。特に目立ったスキルもない事務職だったから、なかなか次の仕事が見つからない。でも、生きて行くためにお金が必要で。あ、リストラされるなんて夢にも思ってなかったから、冬のボーナスあてにして、カードで買い物してたしね」

「なんか、今回はかなり現実的だな。よくある話じゃないか? ……まあいい、それで、君はまた悪の手に堕ち、いいように利用される可哀想な女の子になるんだな? いつかの公爵の付き人みたいに」

 あたしは頷いた。――そうよ、センセイ。センセイもあたしを利用する? いいよ。センセイなら……。

「続けて」

 センセイが耳元で囁く。

「ある日、求人雑誌で映画のキャスト募集っていうのを見つけるの。時給があり得ないくらい良くて、未経験可ってこともあって応募するの」

「未経験で高給……って、普通そこでなんかあるって疑うだろ」

 あたしは上目で彼を睨んだ。「おっと」ってセンセイが口をつぐむ。

「面接の場所はコンテナとか積んである港に近い倉庫なの。倉庫の扉に大きく番号が書いてあって、その前にきちんとスーツを着た人があたしを待ってて、中に入れてくれるの。そこは裸電球が天井からぶら下がっているだけの家具も何も無い部屋。あ、部屋の真ん中には大きなマットレスが一つ。撮影用のカメラがその近くにあって。あと私を部屋に入れた彼を含めて五人、男の人が雑談してるの……。あ、もちろん、みんなモデルみたいに格好良くて、すごくいい身体で。あ、センセイ”消防士カレンダー”とか”聖職者カレンダー”って知ってる? 制服萌え女子向けのカレンダーでね、ガイジンのガチムチのセクシーなモデルが、消防士の制服着てポーズ取ってるんだけど、もちろん上半身裸とか、肌色多めなのね。聖職者のもいいよ。教会で牧師さん前に上半身裸で懺悔するマッチョの褐色の肌が濡れ光ってるのとか堪らな……っいた!」

 きゅ、っとお尻がつねられた。目を上げるとセンセイが眉間に皺を寄せている。なに? なんか変なこと言った?

「そんなカレンダー、部屋になかったぞ?」

「あ、持ってないけどツイッターのTLで回って来るし……」

「そんなフォロワー切れ。カレンダーは買うな」

「えー、でも眼福……ったぁい!」

 今度は反対側がきつくつねられた。きゅんって子宮が疼く。その一瞬で頭からガチムチメンズが消え、もうセンセイしか目に入らない。やだ、調教されてる?

「話の続き」

「あ……、うん。で、私はそこで『変だな』って思うんだけど、映画業界の常識なんかわからないから、それが普通かなって思い込むわけ。そのうち、一人が私に下着姿になれって言うの。私が躊躇していると、彼は乱暴しないことと、身の安全を保障してくれて、あと、高額のギャラね、もちろん。それで私はやっと承諾する。彼いはく、マフィアがある富豪の妻を誘拐して身代金を要求するシーンを撮るための募集だったって。で、ハイライトはもちろん、身代金を持ってきた夫が、男たちに犯されてヒィヒィよがってる妻を目の当たりにするシーンね」

「なんか、凝ったストーリーだな」

 センセイはそう言いながら、あたしのお尻の谷間に沿って手を滑らせ、人差し指を襞の間に挿し入れた。きゅん、と粘膜が収縮する。

「まあ、いい。どうであれ、君の話はいつも情慾を刺激してくれるからね」

「センセイもね……ッ……」

 そう笑いかけてあたしが話の糸を辿る間、センセイはゆっくりと指を出し入れしていた。ちゅ、くちゅと粘膜が擦られるとあまりの気持よさに頭の芯がじんと痺れる。

「んぅ……、で、男たちがフェイスマスクを被って私に近寄って来たかと思うと、下着を引きはがし、マットの上に押し倒してそれぞれ私の腕と脚を開いた格好で拘束する。で、一人が太いペニスを突っ込むわけ。もちろん、電マなんかもあって、ピストンされている間はそれでクリトリスに刺激を与えられ続けて、私は狂ったみたいに何度もイくの。でも、たまにイく一歩手前で電マを離されたりして、そんな時、私は泣いてお願いするの。『もっとして! もっとちょうだい!』って」

 センセイが耳元で思い溜め息をついた。

「全く……、毎回複数プレイなんだな。イナがおれ一人で満足出来るか、自信なくなって来た」

 どうしたの!? センセイ! そんな弱気な言葉、ちょうレアなんだけど! でも、そんな心配いらない……。

「センセイはリアルの、あたしの理想の人。ていうか、それ以上の存在だよ?」

 思わず口をついた告白に頬が熱くなるのを感じ、視線から逃げるのに顔を肩にもたせかけた。そんなあたしの目の前をセンセイの濡れた指が過った。彼はそれを音を立ててしゃぶる。

「それが本当なら、おれにも同じことが言えるな」

 それって……、あたしがセンセイの理想ってこと? そんなお世辞言われたら、あたしの人生狂っちゃう!

「でも、誰かさんは男たちに犯されるあたしを想像して興奮するよね?」

「ああ、相当……な」

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